住む世界の違う人たち

私が引越し業者でエプロンサービス(梱包作業)のアルバイトをしたときのことです。

私の働いていた引越し業者では、エプロンサービスのスタッフには、仕事をする日の集合時間と場所(たいていは最寄り駅)を知らせてくるだけで、当日になるまで、どのようなご家庭の引越しをするのかは、わかりませんでした。

その日は、そのエリアの中でも高級住宅地と言われる地域の、大きな集合住宅の一室のお引越しでした。高層ビルではなく、4階建ての、外から見ても複雑な形状をした集合住宅で、外観だけでも高級感があふれていました。もちろんオートロックでしたし、ちゃんと管理人が、入ってくる人の見えるところに常駐していました。引越しのことはもちろんお客様が管理人には話していますから、私たちはすぐに入ることができました。

大理石かどうかわかりませんが、全員がつかうロビースペースのようなところは石の床敷きで、エレベーターのある壁面も石造りでした。ホテルのエレベーターみたいにピカピカのエレベーターで3階に上がると、下りたフロアはすべてその家の住居、つまり3階はお客様の専用でした。

エレベーターを降りると、白っぽい石かタイル敷きの床がピカピカで、大きな観葉植物が置かれていました。玄関ドア前にもまたインターフォンがついていて、私たちが到着を知らせると、40代くらいの男性が出て、すぐにドアを開けに来てくれました。

住居すべての梱包を頼まれていたので、私たち3人はご主人様の後をついて回り、注意点などを聞きました。玄関を上がってすぐから、廊下すべてが毛足の長いカーペットです。部屋にも高価そうなカーペットが敷き詰められていて、フローリングが圧倒的に多い最近の住宅とは、ずいぶん違う感じがしました。お掃除、大変だろうなあと、ぼんやり思いました。お風呂の一面がガラスで、その手前が洗面所になっているところでは思わず「素敵…」と言ってしまうほどでした。まるで、映画の中の高級住宅か、住宅展示場のモデルルームみたいです。

その時期、個人的に自分も引越の準備をしていました。毎日、育児と仕事の合間には、荷物の梱包などしていたのです。私はすべて、自分でしていたので正直「住む世界が違うって、本当に、あるんだな」と思っていました。まだそのときは、他人事のように思えたのです。

私は得意なキッチンから担当し、梱包を始めました。すると、先ほどはいなかった奥様が「お疲れ様です。よろしくお願いします」と言って入ってきました。どう見ても、私と同年代の30代前半。すとんとしたワンピースを着ていて、いかにも家事が得意そうな女性です。

「キッチン、モノが多くて大変だと思うけど、よろしくお願いしますね」と微笑む奥様の後ろから、先ほどのだんな様が顔を出して「彼女、栄養士だから。料理が趣味みたいなものなんだよ」と嬉しそうに話します。
「子供ができたから、遊べる庭のあるところに引っ越したくて」と奥さんはお腹に手を当てています。

大きくL字型に作業スペースがあるカウンターキッチン。真っ白な収納扉のたくさんある、広くて明るいキッチン。超大型の冷蔵庫。広い庫内のガスコンベクションオーブン。出しておくスペースがあるミキサーとバーミックス、クイジナートのブレンダー。雑貨屋さんにあるような、オシャレな食器の数々。

みんなみんな、私が欲しくて欲しくて、そして一度も手に入れたことのないものたちでした。私も、栄養士です。家事は大好きだし、とりわけ調理は楽しくてしかたない。でも、限られた狭いキッチン、仕事と育児で毎日忙しくて満足にとれない調理の時間。そして食材ですら節約を考える日々。

神様は、いったい、私の何がいけないから、この目の前の女性と私にこれほどの差を与えるのですか?私はどんな悪いことをしたのですか?

その日家に帰ったら、引越しのためにキッチンを片付けようと思っていただけに、自分の理想のキッチンと、自分の現実を比べて情けなくなってしまったのです。

部屋を見たときには単純に「住む世界の違う人たち」って割り切れたのに、あこがれのキッチンを片付けていくと、下を向いた私の目からはボタボタ涙がこぼれていました。

ずっとうっすら「このままでは幸せではない、何かが違う」と思っていて、話し合いにはならない夫とどうしたらいいのか、悩んではいました。でも、心の底から「息子を連れて、離婚しよう。私は息子のために働こう」と思ったのは、このときこの瞬間です。今ではかなり満足のいく生活をしています。きっかけはどこにあるか、わからないものですね。